4回目となる今回は、ディベートの試合に向けて選手たちはなにをしているかです。よく試合を初めてみた方に感想を聞くと「あれだけの議論の量に対して、その場で考えて反論をしているのですか?」と聞かれます。実は多くの場合、選手達は事前に相手の議論を予想し、すでに反論を用意しています。調査型のディベートでは「勝負の結果は準備が8割」と言われることもあるほど、議論をしている試合中の時間だけではなく、試合をしていない時間からすでに試合が始まっているといっても過言ではありません。今回は試合中からは見えない選手たちの裏側について解説をしていきたいと思います。実際に試合にでてみようかなと思う方も、参考にしてみてください。
1:”試合”の始まりから試合の始まりまで
多くの選手にとっての”試合の始まり”は自分が出場をする大会で使用する論題が発表された時です。多くの場合、申し込みなどと一緒に論題も発表されます。人によって差はありますが、大会当日まで選手たちは大まかに以下の流れで大会に挑みます。
①基礎リサーチ
②原稿作成
③練習試合
①基礎リサーチ
まずはじめにするのが①基礎リサーチです。これは論題の基本的な知識の勉強になります。そもそもの言葉の定義から、今の制度がどうなっているのか。またどういった議論が世間ではされているのか。などの基礎知識を貯えます。テーマについての新書などを読んだり、ネットで記事を読む人が多いです。
②原稿作成
一通り、論題について前提知識を確認できたら、次にいよいよ試合で実際に使う原稿の作成に入ります。ただし、ディべートは一人ではなくチームで行う競技なので、メンバーとどういったメリットを論じるのか、またどういった議論の応酬がされるかを予めチーム内で打ち合わせをします。
そして、試合までに選手が用意する原稿は立論の原稿と反論及び再反論の原稿を肯定側と否定側のそれぞれの立場で作成します。実際の大会では、肯定側と否定側の立場で最低一回は試合をします。そのため、どちらの立場の原稿も必ず用意します。前回解説したように、反論も事前に相手がどういった議論をするかを予定して、あらかじめ反論用の原稿も作っています。
また、調査型のディベートの特徴の一つは資料を用いて議論をすることです。原稿を作成する際は、単に自分の主張を書いていくのではなく、データや専門家の資料などを引用しながら議論を作成していきます。そのため、試合に使用することはありませんが、自分のチームで調べた資料を集めた資料集が原稿をつくるとともにできていきます。
③練習試合
そして、試合が可能な原稿ができてきたところで、練習試合を行います。
練習試合を行うことで、自分たちが想定をしていない議論を発見することができたり、また、自分達の議論が聞いている第三者にはどのように聞こえているのかを知ることができます。
そして、そこで出た反省点をもとに、②に戻り、原稿を修正します。
大会が始まるまで、原稿を作り、実際に練習試合で試し、また原稿を修正するというサイクルを繰り返します。
まとめ
・大会に出場する選手は大会に向けて様々な準備をして臨んでいる
・①基礎リサーチ②原稿作成③練習試合が大会までの大きな流れになる
2:原稿作成の裏側
調査型のディベートの醍醐味である原稿作成について、多くの方が疑問に感じるのは「どれくらい調査をして試合に臨んでいるのか」という点だと思います。出場するチームの熱量によって大きく異なるため、明確に述べることは大変難しいですが一つの“目安”を示していければと思います。
はじめに原稿の文量の目安です。テレビのアナウンサーの話す文量が1分間に約300~400文字といわれています。もちろん、原稿を読む練習をしたり、緩急をつけるなど読む工夫をすることで、その文量を上げることは可能です。初めての方は、400文字を目安にしつつ、450文字から最大でも500文字を一つの目安にするとよいでしょう。立論であれば6分間なので、2400~3000文字になります。「結構あるな」と思う方もいるかもしれませんが、実際には全体の半分以上(7~8割)が資料になります。
そのため、引用する資料の中身が非常に重要になっていきます。
ちなみに大きくムラはありますが、どれくらい資料を引用しているかというと8枚程度です(ディベートでは引用している資料の個数を“枚”とよく呼びます)。多くの文献を参照していると感じる方も多いと思いますが、例えば、前の内容でお話しした立論の型から考えてみましょう。現状に問題があるという専門家の意見①。問題の実例やデータ②。プランをとれば問題が解決するという専門家の意見③。例えば海外で効果があった④。これは国家的に非常に意味があることだ⑤。と簡単に構成をしてみても5枚くらいの資料を引用していることになります。現状に問題点が複数あったり、もっと別の視点から分析を深めたりすれば、引用枚数はもっと多くなっていきます。少し脱線しましたが、立論の原稿のイメージが少しついてきたでしょうか。
次は反論の原稿についてです。こちらは一つの長い原稿を作るのではなく、論点ごとに原稿をそれぞれ作成していきます。
メリットも複数考えられるものであれば、メリットごとに別の原稿で作成するとよいでしょう。調査が進んできたら、立論の型ごとに作成すると論点がわかりやすくなっていきます。
試合中ではこの細かな原稿を相手の議論に応じて、反論をしていきます。
立論とは異なり、反論ではただ原稿を読むのではなく、相手の言い回しに合わせたり、相手の資料の不備について説明したりするため、文字数はそこまで気にする必要はありません。しかし、相手がどのような論点を出してきても問題なく対応できるよう、バリエーションを準備する必要があります。前の話に戻りますが、そういった対策漏れを明らかにする意味でも練習試合は非常に重要になります。
論題によって議論の幅が異なるため、一概に述べることは大変難しいですが、ある程度準備を進めているチームであれば、片方の立場だけで、A4で10枚以上の反論用の原稿を用意していることは珍しくありません。
(もちろん中には実際の試合では1回も使われない反論内容もあります)
このように一つの目安ではありますが、選手たちの大会に挑むまでの姿についてイメージができたでしょうか。実際の選手の試合中のスピーチの裏側には他の人には見えない涙ぐましい努力が存在しています。
まとめ
・一分間400文字を目安の文量の一つの目安
・反論用の原稿は一つの原稿を作るのではなく、論点ごとに作成し、試合の時に組み合わせて使う
おわりに
今回は選手たちの裏側について少し覗いてみました。こういった普段は行わないような調査やそれをアウトプットしていくことが調査型のディベートの1つの学習効果であり貴重な経験になります。
最後にはなりますが、ディベートをする上でひとつの大切な前提にたって選手達は議論しています。それは、「議論と人格は別」という前提です。反論をしても、それは相手自身を批判しているのではなく、相手の議論に反論しているのだという前提です。この考えはディベート限らず、議論をする上では非常に大切になります。
ディベートでは、議論を考え、論理的な思考能力や批判的思考能力を学ぶことができますが、こういったそもそもの議論をする上での心構えも学ぶことができます。
今回でこの連載も終了となります。見学した際に、内容についてある程度理解できる。また、ちょっと大会にでてみようかなと興味が湧いた方に向けてロードマップになることを目的としていましたが、いかがでしたでしょうか。より興味が湧いた、またもっと知りたいと思った方は当連盟のHPに記載されているリンク先のWebページをぜひ参照してみてください。
特に「大会に出場してみようかな?」と思われた方についてはより詳細な議論の構築の仕方や準備の仕方について掲載されています。
今回の一連の記事を通して、一人でも多くの方にディベートの内容やその魅力を伝えられていましたら幸いです。