12月8日、9日に開催する、全日本大学ディベート選手権大会に向けて、ディベートの魅力をお伝えする、特集記事を複数回にわたって掲載していきます。
この特集では、実際にディベートの大会に関わっている人たちから、テーマを決めて寄稿をしていただいたものを紹介していくものとなります。
今回は、多くの大会に審判として、また社会人向けの大会には選手としても参加されている、榊原氏に寄稿をしていただきました。
こんにちは。今回「ディベートの楽しさ」をテーマに一筆執らせて頂きます、榊原陽介と申します。
「ディベートの楽しさとは何か」という問いには、選手の数だけ答えが存在すると思いますが、そのうちのひとつである私の答えが、皆さんにとって刺激となれば幸いです。
1. ディベートを始めたきっかけ
いきなり私事で恐縮ですが、私が競技ディベートと出会ったのは、中学校の選択授業でした。3人1チームで魅力ある観光ツアーを考え、「立論」「反論」パートを通して他チームと競う、という内容でした。この授業を通してリサーチや議論構築の楽しさに触れた私は、14歳らしい思春期特有の情緒不安定さも相まって「こういう感じの世界こそ自分の行くべき道なのでは」と、根拠のない謎の確信を得るに至りました。
すると、ハイになった私に先生が「世の中にはもっと本格的な形式のディベートがあって、中高生も大会に出ている」と、焚きつけるように仰ったのです。
この時、是が非でもそのディベートとやらをやってみたいという気持ちが、コンクリートを突き破って新芽を出す雑草の如く芽生えました。それからディベート部がある高校を探し、惹き込まれるかのようにそこに進学しました。
2.ディベートの面白さや魅力
無事高校でディベートを始めた私でしたが、ここで私本来の怠け癖が露わになり、しばらくは漫然と無気力に大会に出ていました。私がディベートの楽しさに気付いたのは、そうした姿勢を反省し、初めて大真面目に準備して大会に臨んだ大学生の時でした。そしてその時以降、ディベートに感じる楽しさは私の中で増幅し続けています。
では私にとっての「楽しさ」とは何か?それは、テーマについて根気よく調べ上げ、その結果を議論という血肉に変え、その血肉をもって戦いに挑むという、ディベートのプロセスそのものです。
より具体的には、自分の議論に自分なりの工夫やエッセンスを凝らすことに楽しさを感じます。ライバル達とは違う観点からのリサーチが功を奏して面白い視点が得られた時などは心が躍ります。しかし、もっと輪をかけて興奮するのは、かなり準備した自分と、すごく準備したチームメイトが揃った時です。この両者が揃って、知見がぶつかり合い、それぞれ単独では到達できなかったであろう第三の面白い議論が生まれるその瞬間、他では得られない無上の「楽しい!」が沸き出てきます。
しかも、大学以降のディベートは論題やルールによる制約が緩く、スピーチできる時間も長いので、リサーチの成果を何でもかんでも議論やスピーチに反映することができます。言い換えれば、より「自分(達)色の濃い」議論を思いのたけ作ることができます。
そして、こうして作り出した自分達の最高の議論を最大限生かす方法を考えるのも、ディベートの大きな面白さです。どういう見せ方をすれば良いか、どのタイミングでどの議論を出したら良いか、相性の良い議論はどんなものがあるか…そうやって、無限の選択肢の中から自分たちで戦略も戦術も全部決定していく、ここに魅力があると思います。
3.これから始めようと思っている人(主に大学生)に応援や一言
ディベートの目的のひとつは、合理的な意思決定の訓練をすることにあると言われます。ですが私の場合、ディベートを始めたきっかけにあったのは、合理性なんて欠片もない、単なる刹那的な感情の高ぶりでした。でも、今現在とてもディベートを楽しんでいます。
ですから皆さんも「根拠はないけどなんか面白そう」くらいの軽い気持ちで始めてみてほしいです。
そうしてディベートを始めて「やってみたらなんか楽しいな」という気持ちが生まれてきたら、どうか1シーズンだけで良いので、密度の高い準備を経て大会に出る、という経験をしてほしいです。そこには、他の競技とは少し趣の違う、独特な楽しさが皆さんを待っています。是非、この感覚を皆さんと共有したいです。
榊原さん、ご寄稿ありがとうございました!
この後も、様々な方からの寄稿を紹介していきますので、ご期待ください。