【全日本2019特集】論題解説

 今回の記事では、当連盟の大会にジャッジで多々ご協力いただいている藤堂様に書いていただいた本大会の論題解説を掲載いたします。論題の背景や議論のポイントなどについて、初心者でも分かりやすいように解説してくださっています!
 「ディベートの大会を見てみたいけれど、論題の事がよく分からない」「試合には出られないけれど、試合の見学に行こうと思っている」など、大会に向けて論題への理解を深めたい方は是非ご覧ください!


最低賃金論題について
 最低賃金とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度のことです。
 最低賃金には都道府県ごとに決定される地域別最低賃金と主として産業ごとに決定される特定最低賃金の2種類があり、どちらか高い金額が適用されます。
 近年は年率2-3%程度の伸びで引き上げが続けられており、2013年に全国加重平均で763円であった地域別最低賃金は2016年には823円、2019年には901円となっています。
 最低賃金は、元々は立場の弱い労働者が不当に安い賃金で使用されることを防ぐ制度です。

肯定側の予想される議論
貧困の改善

 近年世帯主となって働く非正規労働者の増加等に伴い、貧困状態で暮らさざるを得ないワーキングプア層が増えています。最低限度の生活を送るためには時給1300円から1500円以上必要であるという研究があり、現在加重平均で901円である最低賃金を大幅に引き上げることで貧困状態の改善を図ることができるという議論が予想されます。一方で、否定側からは最低賃金を引き上げることで、労働時間が大幅に減ることで年収は上がらないもしくは逆に下がるという指摘や、最低賃金ラインで働く人の中で上記のワーキングプア層に当たる人は少ないという指摘が予想されます。また、貧困を所得の再分配で解決することを考え、給付付き税額控除などの社会保障政策で解決するCP(対抗政策)が提出されることも考えられます。

生産性の向上
 最低賃金を大幅に上げる事により、生産性が上がる効果を肯定側は論じることができます。最低賃金が大幅に上がると、労働者を雇うのに大きなコストがかかることから機械化や省力化、IT投資によって生産性を向上させようとする企業のインセンティブがより向上するでしょう。また、人件費の上昇をカバーしきれなかった企業は市場から淘汰されやすくなり、より生産性の高い企業が市場で生き残ることになります
 一方で、否定側からは、人件費が上がることで企業から労働者へのOJT費用が減ることにより労働者の人的資本が蓄積されなくなることや、設備投資が圧迫されることにより生産性が伸びないことを指摘できると考えられます。

否定側の予想される議論
雇用の減少

 最低賃金が大幅に上がることで、労働者を雇うコストが高まり、企業からの労働需要が減少するため、雇用が減るという議論です。否定側としてはここ数年の最低賃金上昇で企業の人件費負担がかなり重くなっており、すでに雇用が削減されうるぎりぎりの状況であることを指摘できるかもしれません。
 一方、肯定側からは、今後の日本で大幅な労働力人口の減少が見込まれることから、雇用の減少が起きにくいことを指摘できます。さらには、肯定側は上記で上げた生産性の向上やその他のコスト削減により雇用の減少を回避できるという議論で応戦することも可能だと考えられます。

論題充当性(Topicality)
「大幅に」の定義ですが、何%もしくは何円上げれば、大幅な最低賃金の上昇となるのかが示されているわけではありません。肯定側のプランによっては、否定側から肯定側のプランが論題を肯定していないという論題充当性の議論を出すことが考えられます。

着目点
・実証分析の扱い方について
 最低賃金が労働市場に与える影響については、雇用量を中心に多くの実証分析がアメリカやイギリスを中心になされてきています。雇用量、貧困の改善、労働生産性に与える影響について実証分析では断定的な結果は出ていないようで、試合においても双方の出す実証分析も方法論の正確さや日本に当てはめることは妥当なのかについて議論が展開されることが予想されます。


・あるべき社会像について
 最低賃金の大幅な上昇を通じて実現される社会像についての議論についても着目すべきです。例えば、肯定側の議論では、最低賃金の上昇によって生産性が向上し企業の規模は大きくなり平均的な賃金は上がるかもしれませんが、その過程で淘汰された零細企業の経営者・従業員にとって生産性が上がった世界は良いものか、問われるかもしれません。一方で、否定側としては、人口減少が見込まれる日本においては相対的に失業問題は小さな問題として捉えられる可能性があり、この点で新機軸があると議論として説得力が出るかもしれません。

最後に 最低賃金は、リーマン・ショック以降景気が回復し人手不足が生じているにも関わらず、実質賃金が上がっていないと指摘される日本において、政府から主体的に賃金を上げる方策として注目を集めています。最低賃金制度が、労働市場を通じて、労働者・企業間の相互の動きにより、どのような結果をもたらすのか選手のディベートにご注目ください、


藤堂さん、ありがとうございました。
次回もまた別の視点からの記事をご用意しておりますので、是非ご覧ください!