今回は、CoDA理事の石橋さんより、ディベート特有の『セオリー』と呼ばれる議論について解説していただきました。その中でも今回は、トピカリティとカウンタープランについて詳しく説明してくださっています。本大会の試合をご覧になる予定の方は、こちらを読む事で試合をより理解しやすくなるかと思います!ぜひご覧ください!
こんにちは。
全日本ディベート連盟の石橋と申します。
今回は2019年12月7,8日に迫った全日本大学生ディベート選手権大会の試合を見学者の方がご覧になる上で、ディベート特有の「セオリー」と呼ばれる議論についてごく簡単にご紹介したいと思っております。
セオリーとは何か?
セオリーと呼ばれるものは一体どのようなものであるか?定義や解釈が様々あると考えられますが、今回は1998年に矢野先生がNAFAのセミナーで紹介されている以下の説明を元に考えたいと思います。
東京大学 助手 矢野 1998年
「それに対し,〈ディベート〉でのセオリーはと言うと,あくまで現実的な〈ディベート〉の議論を提出していくための,近道になる手段・道具を分かりやすくまとめたものなのです。例えば,政策というものを論じる方法はたくさんありそうだけれども,こういうやり方を使ったら分かりやすく議論できるな。そうした近道を教えてくれる道具なんですね。もっとゲーム的な用語でいったら将棋・囲碁なんかの「定跡・定石」に近いといえますね。複雑な議論をどう単純化すべきか,どう説明すべきか。従わなくてはいけないルールなどではなくて,あくまで道具なんです。」
引用終わり
上記でも示されているように、ディベートの議論を提出する上で近道や考える材料を提供してくれるのが”セオリー”である、と考えられます。本稿では、その中で論題の肯定及び否定に関して議論するのに有用と考えられ、また大学生以上の大会でも頻用される議論であるTopicality(トピカリティ)とCounter Plan(カウンタープラン)について考えたいと思います。
Topicality(トピカリティ)
Topicalityとは、「論題充当性」とも訳される議論です。選手向けにはNADE(全国教室ディベート連盟)の記事やねこと学ぶディベートの本などが参考になります。
「論題充当性」と言ってしまうと非常に難しい議論に聞こえますが、指摘する内容は非常に簡単なものです。Topicalityと呼ばれる議論は一言で言えば、「肯定側のプラン及びメリットが論題を肯定できていない」ということを主張するために出される議論を指します。具体例を用いて説明しましょう。
「次の週末は家族で山に行くべきである是か非か」という議論が夫婦で行われており、子どもがジャッジをしていたという事例を考えてみましょう(家族でそんなディベートをしたくない、という方もおられるかもしれませんが、お付き合いください)。
その中で肯定側である夫は、
「山に行くべきだ、なぜなら山に行くのは楽しいからだ」
「山に行くことで豊かな自然に触れ合うことができるので、山に行くべきだ」
などのメリットと呼ばれる議論を出します。
否定側の妻からはそれに対して
「山に行くと怪我をしてしまう可能性があるので危険である」
「遠出をすると疲れてしまうので、平日の仕事や家事に支障が出るため行くべきでない」
などのデメリットと呼ばれる議論が出されます。
ジャッジ(子ども)は両者を比較して、メリットとデメリットのどちらが大きいかを判断し、勝者を決定します。この結果として、次の週末に山に行くべきかどうかが決定されます。このように勝敗が決まるというのが通常の試合の流れです。
肯定側はメリットの他に、それを実行するためのプランと呼ばれるものを出すことができます。今回の例で言えば、「次の週末は家族で山に行くべきである」ということを肯定するために、肯定側である夫は
「次の週末に富士山に行きます」
というプランを出すことができます。
また週末には土曜日も含まれるので、
「次の土曜日に高尾山に行きます。日帰りで行くことができるので、疲れたとしても日曜日に休むことができます。だから”平日の仕事や家事に支障が出る”というデメリットは発生しません」
というスピーチをすることもできます。プランを選ぶことで、否定側から出されるデメリットを小さくしたり、ゼロにすることができます。これも現実世界では十分ありうる議論ですね。
さて、ここで肯定側がこのようなプランを出す場合、論題は肯定されたことになるのでしょうか?
「プランです。次の土曜日には、近所の公園に行きます。公園の砂場には、砂の山があるので、山にいったことになります。山がなければ、一緒に作れば良いと思います。メリットは公園に行くと楽しい、です。怪我をしたり、疲れる可能性もないので、否定側が出してくるようなデメリットはありません。デメリットに比べてメリットが勝っています。」
なんと意地の悪い父親でしょうか。現実にこんな父親がいたら家族関係は破綻していそうですが、とりあえず続けましょう。このようなディベートで、肯定側の勝利にされたら否定側はたまったものではありません。公園に行くというプランでは、デメリットも証明できません(あるのかもしれませんが…)。否定側から何かアプローチはないでしょうか?そもそも、「週末に山に行く」と言われたら、普通はある程度の高さの山に登るなり、ふもとまで行くなりを考えるのではないでしょうか?そう思う読者の方もいらっしゃるかもしれません。
そのような疑問に対応して、否定側からはこのような主張を考えることができます。
「肯定側が出したプランは論題を肯定できていません。ブリタニカ百科事典を引用します。山とは”相対的に2,000フィート(610m)の高さを持つもの”であるため、近所の公園は標高が610m以下であるため、山ではないと考えられます。そのため、肯定側は「山に行くべきである」という論題の肯定に失敗しており、今回の試合では敗戦とするべきです。」
これがいわゆる、Topicality、論題充当性と呼ばれる議論です。肯定側が出してきたプランは山に行くという論題を肯定できていない(公園に行くというプランは論題を否定するものである)、と主張することで、ジャッジに否定側に投票させます。
肯定側が出してきたプラン及びそこから発生するメリットが論題を肯定できていないと考えられる時にTopicalityは議論を提出可能とされています。今回の全日本大学生ディベート選手権大会の論題は「日本は最低賃金を大幅に引き上げるべきである」です。今回の論題では、例えば、「大幅に引き上げる」というのは幾らまで上げれば、「大幅に引き上げる」と言えるのか?ということが議論になるかもしれません。厚生労働省によると令和元年の全国加重平均の最低賃金は901円ですが、ここからどの程度まで最低賃金を引き上げることで論題が肯定されたかが議論されるということは十分ありうるでしょう。
Counter Plan(カウンタープラン)
セオリーに属する議論でもう一つ重要な議論はカウンタープランです。カウンタープランとは、一言で言えば対抗案のことです。もう少し噛み砕いて言えば、「現状もまずいけれど、論題を導入するよりはもっといい解決の方法があるから、論題は導入するべきでない」とする論題の否定の方法を指します。
具体的に、先の「次の週末は家族で山に行くべきである是か非か」という例で考えてみましょう。
肯定側は
「次の週末に富士山に行きます」
というプランを提出し、メリットとして、
「山に行くのは楽しい」
「豊かな自然に触れ合うことができる」
という二つのメリットを出してきました。
一方、今までの否定側は
「山に行くと怪我をしてしまう可能性がある」
「遠出をすると疲れてしまう」
という理由で、「山に行かない」ということを正当化しようとしていました。基本的には否定側は現状維持=「家にいる(何もしない)」というスタンスを取ることになります。
これとは異なる戦略として、否定側は「海に行く」というスタンスを取ることができます。これがカウンタープランと呼ばれるものです。
海に行くことで
「海に行っても楽しい」
「豊かな自然に触れ合うことができる」
という肯定側のメリットが、カウンタープランでも同じように発生することを論じつつ、山に行くよりも
「海に行けば、怪我をしてしまう可能性がない(もしくは、その可能性が低い)」などと論じることで、肯定側よりも否定側のカウンタープランが優れていると議論することができます。
カウンタープランは、以下の3つの要件を満たさなければならないとされており、ディベートの試合でもこの要件をそれぞれ証明することが一般的です。
①非命題性
否定側は論題を否定しなければならないので、カウンタープランは論題とは異ならなければならない。
例えば、カウンタープランは「海に行く」は可能ですが、「阿蘇山に行く」はカウンタープランとしては不適格と考えられます(論題を肯定するカウンタープランを出すことはできない)。
②競合性
論題と同時に実行できてしまう場合は論題を否定したことにならないので、論題とは同時に実行できないことを示さなければならない。
例えば、「森林浴に行く」というカウンタープランは、肯定側のプランと同時に採択できると考えられます(山に行って森林浴をすれば良い)。そのようなカウンタープランを出すことはできません。
③優位性
論題や肯定側の出したプランに比べて優れていなければ、そのカウンタープランを採用して論題を否定する理由にはならない。
カウンタープランである、「海に行く」は「山に行く」よりも優れている必要があります。
これらを証明して、否定側は肯定側に勝利することが可能になります。子どもは上記が証明された時点で初めて妻側に投票をして、論題を否定し、妻の勝利とし、海に行くことができます。めでたしめでたし。
今回の全日本大会の論題である「日本は最低賃金を大幅に引き上げるべきである」においては、否定側は様々なカウンタープランを出すことができます。例えば、肯定側が「最低賃金の上昇により貧困を解決できる」とした場合には、「福祉を充実させることで、最低賃金を引き上げずとも、そのような貧困は救うことができる」と議論することができるかもしれません。これもカウンタープランの一例になります。
石橋さん、ありがとうございました!次回の記事の更新をお待ちください。